前田敦子が14年ぶりとなる写真集『Beste』(講談社)を刊行する。俳優として走り続けている前田が、このタイミングで筆を置くように立ち止まったのは、決してネガティブな理由からではない。現状への健全な危機感と、表現者としての未来を見据えた「ペースチェンジ」。30代を迎えた前田が、写真集という形を通して見つめ直す、自身の現在地と仕事へのスタンスを語った。
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■「今は少しゆっくり歩みたい期間」 走り続けないという選択
俳優業というものは、役を通して常に何かを放出する作業の連続だ。長年、途切れることなく作品と向き合ってきた前田が今回、映像作品への出演ではなく写真集の制作を選んだ背景には、自身のコンディションに対する冷静な判断があった。何かを取り入れたいという欲求よりも先に、一度エンジンの回転数を落とさなければならないという直感が働いたようだ。
「インプットをしたくて写真集を作ったわけではないんです。期間的に、今、映像作品に入るのは自分の中では難しいかなと思ったタイミングでした。それなら写真集を作れるかもしれないなって。お休みの期間に準備をして、一つの作品として向き合うことが可能かなという意味での表現でした」。
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その予兆は、昨年の春頃から静かに、しかし確実に前田の中で芽生えていたという。それは枯渇への恐怖というよりも、プロフェッショナルとして作品の質を担保するために必要な「踊り場」を求めていたようにも映る。
「去年の春にドラマが終わった後、『あ、今のまま続けるのは、自分にとっても作品にとっても良くない気がする』って思ったんです。別にマイナスなことではなくて、一回歩み方を変えるのもありなんじゃないかなって。ずっと走らなきゃいけないわけじゃないと思うので、今はちょっとゆっくり歩んでみたいなと思っている期間ですね」。
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■「母」や「年齢」のタグを外して
写真集といえば、被写体の素顔やプライベートな一面を覗き見るものというイメージが強い。しかし、前田が本作で目指したのは、社会的な役割や年齢といった付帯情報を削ぎ落とし、被写体としての純度を高めることだった。
「今回の写真集は、私をありのままさらけ出したものではない。無防備な姿というわけではないので、作り込んではいるかなと思います。『母親だからこういうことやっちゃいけないよね』とか、『何歳だからこういう感じじゃなきゃいけないよね』とか、そういうのを取り除きたいなというのはあって。私の背景みたいなものを見てほしくないから、そういうものを全く無しにしたものに従ったのかもしれません」。
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この「何者でもない自分」を提示するスタンスは、前田の俳優としての在り方そのものと言えるかもしれない。確固たる自我を主張するのではなく、受け手の解釈に身を委ねる。そのしなやかさが、前田へのオファーが途切れない理由なのだろう。
「『私ってこうです』という説明はしないので、基本的には、目の前で受け取ってくれる人が見ている私になっていくのだと思います。何者かで在らなければいけない……というのは、みんなが考えていることだと思うのですが、何をやってもいい時代だとも思うし。自分の中の、一人の人間としての軸がぶれなければいいのかなと思うんです」。
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■エゴを捨てた先に届くもの
制作過程において前田が徹底したのは、自分自身を突き放して見つめる視点だった。独りよがりな表現は、決して人の心には届かない。20年というキャリアの中で培ったその哲学は、写真のセレクトという具体的な作業にも色濃く反映されている。
「自分で写真は選ばないようにしています。自分の自己満足だけで作っても、いいものは全くできないと思っているので。自分がいいと思っているものって案外人にとっては良くなかったりするというのは、この20年やってきてすごく思っていることなので。だから自分に対しては、すごく客観的なんです」。
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完成した一冊に込めた願いはシンプルだ。ページをめくった誰かの心が、ふと上を向くようなきっかけになること。それが、今の前田が考える「表現」の在り方なのだ。
「深いこと考えずに、本当に『あ、ここ行きたいな』とか、『あ、こんなふうに体鍛えてみようかな』とか、『あ、綺麗でいるって楽しいことだな』みたいな。そういう部分で、誰かのポジティブなものになればいいなという意味で私は出しているかもしれません。気に入っていただけたら嬉しいですね」。
未来への展望を問われても、前田は「先のことは考えてない」と笑う。自ら道筋を決めず、信頼する周囲の流れに身を任せること。それは決して受動的な姿勢ではなく、変化を恐れない前田なりの生存戦略なのだろう。肩の力を抜き、淡々と、しかし確実に前へと進む。そんな今の前田だからこそ表現できる美しさが、この写真集には詰まっている。(取材・文:磯部正和 写真:高野広美)
前田敦子の最新写真集『Beste』は、講談社より発売中。
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