映画『レンタル・ファミリー』が全国公開中。日本に来て数年、落ちぶれた外国人俳優のフィリップはひょんなことから“レンタルファミリー”の仕事に出会う。そんなフィリップを演じるのは、ダーレン・アロノフスキー監督の『ザ・ホエール』(2022)でアカデミー賞主演男優賞を受賞したことが記憶に新しい、ブレンダン・フレイザー。そんな彼に今回クランクイン!が単独インタビュー。映画のテーマである“孤独”や、演技における“嘘と本当”や曖昧(あいまい)な道徳性、本作で見いだされた12歳のゴーマン シャノン 眞陽との共演について語ってもらった。
■オスカー受賞後、多くのオファーから『レンタル・ファミリー』を選んだ理由
──オスカー受賞後、非常に多くの脚本を受け取られたと伺っています。その中から、次作として『レンタル・ファミリー』を選んだ決め手は何だったのでしょうか?
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ブレンダン・フレイザー(以下、ブレンダン):自分が今までやったことがないことだったからかな。“レンタル・ファミリー”というタイトルの時点で、僕はそれが何か知りませんでしたから。聞いたことすらなかった言葉でした。一体それが何を指すのか見当もつかなかった。「どうやって家族をレンタルするんだ?」ってね(笑)。
そしてもちろん、HIKARI監督の存在もあります。彼女は本当にクリエイティブで、天才なんです。人々の最高な部分を引き出す才能を持っています。HIKARIが自分を信じてくれるからこそ、彼女を喜ばせたいと思わせてくれる不思議な魅力があるんです。今では彼女は私の妹のような存在ですね。
この映画をやりたかったもう一つの理由は、アカデミー賞を受賞した俳優の次回作として、皆さんが「一番予想しない」作品だと思ったからです。それに、この物語は今の世界にこれまで以上に必要とされている、重要な物語だと感じました。そのおかげで、俳優やアーティストとして少しでも世界を良くしたいという目的意識や、感情的なつながりを強く持つことができたんです。それに、数ヵ月間日本に滞在できることも理由の一つでした。
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■演技と真実の狭間で――道徳的ジレンマを映像に落とし込む、HIKARI監督の巧みな手腕
──本作では、見ず知らずの他人の人生に介入する“誰か”を演じるために雇われる俳優を演じられました。この役を通して、演技の中の真実性、または役と自分自身の境界線などについて考えたことや感じたことを教えてください。
ブレンダン:興味深い質問です。これは重要な問題ですよね。「僕はあなたの父親だ」と言わなければいけないのに、実際はそうではない。しかし、子どもを納得させるには、本当にそうであると思わせなければいけない。子どもは真実を見抜く鋭い力を持っていますから。幸いなことに、フィリップはあまり上手な俳優ではありません。しかし、彼が演技をやめ、本心で美亜(ゴーマン シャノン 眞陽)と接するうちに彼の心が温まっていく。そして自分が「親になりたい」という切望を抱いていることに気づきます。これは、東京に来る前の彼の過去に関係なく、これまでの人生で思いもしなかったことでした。
そして、「これほど高い代償を伴う作り事(演技)をしていいのか」、「それが許されるのか」とジレンマに彼は直面する。道徳的にとても曖昧で、しかしそれがこの映画の重要なポイントでもあります。私たちは“良い嘘”と“悪い嘘”を見極めなければなりません。そこにリスクはあるのか、報酬は発生するのか。誰かに害は及ぶのか、それともこの方法で誰かを助けることができるのか。
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物語の最後で、フィリップは「自分はずっとありのままで十分だったんだ」と、ようやく悟ります。彼がすべきだったことは、ただ自分自身を見つめることだけだったんです。しかし、それはレンタルファミリー社で出会った人たちと、役を超えた彼自身の本心でつながる時間があったから辿り着けた答えでした。もし彼が“演技”を続けていたら、成し遂げることは不可能だったでしょう。皮肉にも彼が演技をやめた瞬間、彼は“上手”になったんです。ここに道徳的なジレンマが生まれるわけで、その結果何が起きるのか、僕は全ての答えを持っているわけではありません。
しかし、この問いそのものが好きです。そしてHIKARI監督はこの問いを映画にうまく落とし込んだと感じています。作品の題材やあらすじだけを考えれば、本作は安っぽいコメディにもなり得た。しかし、これらの複雑なジレンマをスクリーンに持ち込み、「少しの間でも信じさせることから良いものが生まれる」と示すことは、勇気のいる大胆なことだったと思うし、彼女だからできたことだと感じます。
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また、本作で描かれるフィリップの旅は、自己発見の過程でもあります。彼は疑念や不安を抱えながら7、8年ほどアメリカを離れて日本に住んでいる。“今のアメリカ”から来た人間として話しますが、これは多くのアメリカ人が今、自国の出来事から距離を置きたいと思っていることに通じていると感じます。政治的な話は避けますが、本作は今の時代を反映している映画なんです。
■ゴーマン シャノン 眞陽は「生まれながらのパフォーマー」
――劇中、フィリップが「外人」と呼ばれるシーンがあります。「外人」という単語がそのままセリフに使われていること、その言葉の印象について感じたことを教えてください。
ブレンダン:確かに、フィリップは“どこか別の場所”から来た人です。それは事実であり、公然の事実です。そして彼は、自分にとってなじみのない場所で暮らす人々にとって“見知らぬ人間”であるため、歓迎されているのか、それとも形式的に歓迎されているだけなのかわからない。わざとマナーや儀礼を無視して、「相手を不快にさせるような存在なのかもしれない」というスティグマ(偏見)を向けられていると感じます。
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さて、ここで映画の真の主役である美亜を演じた、シャノン自身の話をさせてください。父親がアイルランド人、母親が日本人の彼女は「自分が中間にいる」と感じています。そして、私たちが互いについて言い合うことがどれほど有害で、誰かを傷つける行為であることを理解しています。それは、彼女が公共の場で大人たちが彼女について日本語で話しているのを聞いた経験があるからです。話している相手はシャノンが理解していないと思っているけど、日本で生まれた彼女は内容を完全に理解している。そして、「私の見た目や髪型、行動についてあなたが言ったことを理解している」と相手に言うべきかどうか、と葛藤を抱えています。彼女はその葛藤を抱える気持ちがどんなものか、幼いながらに知っているんです。
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――ゴーマン シャノン 眞陽の名前が挙がりました。本作は彼女の俳優デビュー作となります。彼女との共演はどうでしたか?
ブレンダン:彼女には才能があります。それはこの映画を観れば一目瞭然だと思います。彼女の演技にはすべてが自然に備わっていて、まるで“瓶に閉じ込めた稲妻”のようでした。実際、HIKARIと私は彼女とのリハーサルを止めたんです。もうすでに完成されているから。「ロッカールームではなく、フィールドで試合をしなさい」ということです。彼女は常に結果を出す、生まれつきのパフォーマーで、「作り、信じる」ということの繊細さとニュアンス、そしてただ自分でいることの意味を理解している。そして、そんな若い年齢でそれを映画の演技で表現するのは稀なことです。
そんな彼女は、僕にとって、厳しい現実に直面したときの“無垢”の象徴でした。撮影時から少しずつ大人の女性になりつつあり、現在12歳です。早すぎる成長を止めるために頭にレンガを置きたいと思ったことすらあります(笑)。彼女の旅がどこに向かうのかは誰にもわかりません。ただ、僕は彼女には良い未来が待っていると信じています。
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■映画が持つ癒しの力を体感
――本作では東京の街に漂う「孤独」も見事に描かれていました。この映画を通じて“孤独”についてどう考えましたか?
ブレンダン:群衆の中にいても孤独を感じることはあり得ます。東京はまさに大都市の典型で、建物の50階から見下ろすと広大な活動の巣のようで、あまりにも多くのエネルギーに満ちている。どれだけそこにたくさんの人がいても全員が知り合いというわけじゃない。それでも、みんな同じ場所に同じ時間にいる。
孤独とは、それ自体がかなり有害なものになり得ます。コミュニケーションの衛生の観点から見てもそうです。普段はあまり意識しないかもしれませんが、人はお互いを必要としています。だからこそ、レンタル家族代理店のようなサービスは1990年代からビジネスモデルとして存在していると聞きましたし、たとえそれが一時的な“見せかけ”のつながりであっても、人々が短い時間でも互いのつながりを求めている以上、確かな役割を果たしているのだなと本作を通して感じました。結局のところ、今の僕たちに必要なのはお互いのニーズに対してもう少し寛容になることではないでしょうか。
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――最後に、本作に出演したことで改めて感じたことや新たな発見はありましたか?
ブレンダン:映画には癒しの力があり、出演する僕も観客も、その力の恩恵を受けることができる、ということですかね。そしてその癒しは、私たちが置かれている社会を乗り越えるための活力となるのです。
(取材・文:アナイス/ANAIS 写真:高野広美)
映画『レンタル・ファミリー』は公開中。
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