本木雅弘が主演を務める黒沢清監督最新作『黒牢城(こくろうじょう)』(6月19日公開)。日本映画界をリードする俳優と世界三大映画祭の常連監督による初タッグは、公開前から早くも注目を浴びている。クランクイン!では豪華俳優陣が集結した撮影現場に潜入取材を敢行。実力派キャストと熟練のスタッフが“新しい時代劇映画の古典”を目指し奮闘した現場をレポートする。さらに初の時代劇に挑んだ監督の黒沢や、本作で企画・プロデューサーを務めた石田聡子に本作の見どころを語ってもらった。
◆村重は“猛々しさとドライさ”が共存したキャラクター
本作は、城という密室で起きる殺人と頻発する怪事件の全容解明に、城主・荒木村重(本木)と囚われの天才軍師・黒田官兵衛(菅田将暉)が挑む戦国心理ミステリー。累計発行部数45万部を突破し、第166回直木賞と第12回山田風太郎賞をダブル受賞した米澤穂信の同名小説を、監督の黒沢自らが脚本を執筆し映像化した。キャストには本木、菅田に加え吉高由里子、青木崇高、宮舘涼太、柄本佑、オダギリジョーらが顔を揃えている。
続きを読む
今作が初の時代劇となった黒沢は、原作について「“めちゃくちゃ面白かった”ということに尽きます」と称賛しつつ「すごく普遍的なテーマと推理小説のような謎解きの面白さがありました」と分析。映画化について「僕がやれるものならやりたいと思いました」と目を輝かせる。
撮影現場となった松竹京都撮影所を訪れたのは2025年10月。撮影所には、織田信長に突如反旗を翻した武将・村重が籠城する有岡城の内部が再現されていた。スタジオでは、城内で発生した自念(槙木悠人)殺害事件の現場に臨場した村重と、村重の密偵として暗躍する家臣・郡十右衛門(オダギリジョー)が言葉を交わすシーンの撮影が行われている。自念は、有岡城中に人質として預けられていたまだ10代の安部家の一子。事件の直前、自念は処刑されることを望んでいたが、村重は納戸に繋ぐにとどめていた。納戸は見張りをつけ、部外者が近づけない“密室”。雪が降り積もり、部屋に近づいたものの足跡もない中で、自念は殺される。不可解な事件が頻発する本作の中でも序盤の重要なシーンだ。
スタジオでは、2024年公開の『Cloud クラウド』に続いて黒沢組に参加した撮影の佐々木靖之と照明の永田ひでのりが、黒沢のイメージする映像を迅速かつ的確に構築していく。並行して黒沢が本木とオダギリにシーンの演出意図などを伝える。
続きを読む
オダギリは2003年公開『アカルイミライ』、2013年公開『リアル~完全なる首長竜の日~』に続いて黒沢組に参加。本木は黒沢組、初参加となる。そんな本木について黒沢は「チャンスがあればぜひご一緒したいなと前々から思っていました」と明かす。本木が演じる村重については「原作を読んだ僕の中では戦国武将らしい猛々しさと、物事を理屈で考える現代的なドライさをあわせ持ったキャラクター」と説明。「古典的な荒々しさと無用な殺生はしない現代的な感性の両方を表現できる方って誰なんだろうと考えた時に、本木さんのことが思い浮かびました。本木さんが快く引き受けてくれたのでほっとしています」と起用理由についても語った。
◆“村重”本木雅弘&“助三郎”宮舘涼太はホームズ&ワトソン?
自念殺害事件が描かれる序盤に登場するのが有岡城内に設置された櫓。スタジオには有岡城のセットのそばに、実際に櫓が建てられていた。本作で美術を担当したのは、2017年公開の『関ヶ原』や2021年公開の『燃えよ剣』など、多数の時代劇作品を手がけてきた原田哲男。時代劇映画のエキスパートが、日本家屋の構造とセット撮影の利点を活かした奥行きや抜けの良さを作り出している。黒沢は日本家屋について「いろんな部屋が複雑に組み合わさっていながら、開けると全部遠くまで見通せて、すごく面白い」と説明。このシーンにおいては「庭の向こうに櫓が建っているという設定ですが、本当に櫓のようなものを作ったのは美術部のアイデア」と明かす。
続きを読む
さらに「CG合成やスクリーンプロセス(セットにスクリーンもしくはLEDディスプレイを設置して、それを背景として撮影する手法)で遠くの景色を作るのが今時のやり方なんだろうとは思う」と分析しつつも、極力CGに頼らない方法を選び「今回は遠くに建っている櫓を、実際の距離でそれが建っているように見せることを目指しました」とコメント。「美術部が頑張ってくれています」と笑顔を見せる。
村重と十右衛門のシーンに続いて撮影されたのは、事件の解明に乗り出した村重が、家臣の乾助三郎(宮舘涼太)を従えて、犯人がどこから自念に矢を放ったのかを調べる場面。助三郎が事件現場に自念に見立てた藁の束を置くと廊下で弓を構える村重。しかし位置が低く、弓が床に当たって狙えない。その後、村重は庭の反対側の廊下で弓を構えるが、灯ろうが邪魔で狙える場所がない。さらに助三郎は紐をつけた矢を使って検証するもののそれもうまくいかない。自念殺害のトリックを暴こうと真剣に現場検証を重ねる村重と助三郎の姿は、時代や場所は違えど探偵ホームズと助手ワトソンを彷彿とさせる。
続きを読む
現場検証を進める村重と助三郎の真剣さから緊張感が漂う一方、なかなか真実にたどり着けないもどかしさも感じられる。黒沢映画ならではの“そこはかとないユーモア”を感じさせる複雑なシーンを、本木と宮舘が抜群のコンビネーションで演じてみせる。
本番の合間、セリフに出てくる固有名詞のイントネーションを確認し、ふすまを開ける所作指導も真剣に受ける宮舘。一方の本木は黒沢と入念に動きの確認を行なっている。そんな中でも時折、笑顔で言葉を交わす本木と宮舘。二人の明るい表情から撮影の充実ぶりが窺えた。
◆キャスト&スタッフが目指すのは“まったく新しい時代劇映画の古典”
本木や宮舘に加えて本作で黒沢組初参加となったのが、村重の妻で熱心な真宗門徒でもある千代保を演じた吉高だ。2024年放送の大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合)を見ていた黒沢が、企画の当初から千代保役に吉高の名を挙げていたそうで、彼女が俳優として体現する“芯の強さ”や魅力的な声が起用の決め手になったとか。
続きを読む
村重に寄り添いながらも、自念の処遇や死をめぐっては毅然と意見する千代保。村重と助三郎による現場検証に続いて撮影されたのは、二人のもとに千代保がやってくるシーンだ。自念殺しの謎を解くため、地下牢に幽閉していた官兵衛に助言を求めた村重。話を聞いた官兵衛はヒントとして、ある歌を村重に披露する。地下牢を出ても官兵衛から聞かされた歌に囚われる村重。そばに控えていた助三郎も一緒に歌の意味について考えることになる。するとそこへ、亡くなった自念の部屋から出てきた千代保が通りかかる。かねてから自念を気にかけていた千代保は、村重と対峙すると思いがけない言葉を発するのだった…。
主演俳優として、そして有岡城主・荒木村重として堂々たる風格で撮影現場に立ち続ける本木。一方の吉高も、凛とした佇まいで存在感を放ち役に命を吹き込んでいく。本番では緊迫した表情で向き合う本木と吉高だが、合間には談笑する姿も。そんな和やかな様子からキャスト陣のチームワークの良さも垣間見られる。
続きを読む
撮影中はキャスト陣を引っ張るリーダーとして、本木が黒沢と積極的に話し合いアイデアを提示していく姿も印象的だった。黒沢は撮影前に本木と本読みや入念なリハーサルを重ねてきたと明かしつつ「時代劇、特に戦国時代といいますと“標準”となるものがなかなかありません。何を手本とするのかがとても難しい」と語る。黒沢は、戦国時代の人物を演じる出演者たちのセリフ回しや心理表現のレベルを合わせていく重要性について説きながら、本作について「“まったく新しい時代劇映画の古典”になってくれたらいいなと思っています。これまであまり見たことがないけど“これが古典だ”と思えるようなものを目指したいね、と本木さんとも話しています」とコメント。
そして企画・プロデューサーの石田も「もちろん史実として残っているものは大切にしながらですが、今回はキャストやスタッフの皆さんに対して、時代劇に対する“こうあるべき”という固定観念を一旦取っ払いましょうということをお伝えしています」と語った。
続きを読む
◆黒沢清「役者の層はやっぱり厚い」キャスト陣に太鼓判
今回、スタジオで撮影の模様を見て印象に残ったのは、キャストを含めたスタッフのチームワークの素晴らしさ。これまで黒沢作品に参加してきたスタッフと京都で時代劇を支えてきたスタッフががっぷり四つに組み、黒沢がイメージする映像を無駄のない動きで作り出す。そして黒沢の演出にキャストも熱のこもった演技で応えていく。撮影がテンポ良く進むスタジオ内には、キャストやスタッフが共有する“より良い作品を創りたい”という思いがあふれていた。そんな撮影現場を見守る石田は「監督が目をキラキラさせながら“こういう風にやりたい、ああいう風に撮りたい”と、皆さんにお伝えしながら進めている姿を見て、黒沢組でしか撮れない時代劇に絶対になると感じています」と自信をのぞかせる。
一方、黒沢はセットでの撮影と並行して行われたロケについてもアピール。本作は世界遺産で国宝の姫路城をはじめ、明石城や篠山城、伊賀上野城、彦根城といった現存する城や、京都の楊谷寺、大覚寺、東福寺、滋賀の日吉大社などの著名な寺社でロケが行われている。日本を代表する名所旧跡でのロケについて黒沢は「本当にすごいですね。奥行きもあって、大きい」と感嘆する。
続きを読む
近年、話題作の配信や公開が続いたことで改めて注目を浴びている時代劇。一部では“斜陽”ともいわれるジャンルだが、黒沢自身の見立てはポジティブだ。「今回の作品は戦国時代が舞台ですが、若い人も結構知ってますよね。ゲームやアニメ、マンガの影響だと思いますが、ひょっとすると1970年代や80年代よりも、戦国時代というモチーフはポピュラーかもしれない」と語る黒沢は「この時代を扱ったドラマへの関心がなくなっているとは決して思わないですし、この作品は今の時代でも広く通用すると信じています」と断言する。さらに黒沢は「時代劇にふさわしい俳優が日本にはしっかりいらっしゃるなと感じています。役者の層はやっぱり厚い」とキャスト陣にも賛辞を贈っている。
フランス現地時間5月12日より開催予定の第79回カンヌ国際映画祭で「カンヌ・プレミア」部門として正式出品が決定し、現地での上映も予定されている『黒牢城』。日本映画界を代表するキャストとスタッフが織りなす“新しい時代劇映画の古典”が日本や海外でどのように受け入れられるのか、興味は尽きない。(取材・文:すずきひろし)
映画『黒牢城』は、6月19日より全国公開。
記事一覧に戻る