テレビアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』が、7月12日より放送スタートする。本作は、病弱ながらも誰からも愛される雛女(ひめ)・黄玲琳(こうれいりん)と、“悪女”と呼ばれる雛女・朱慧月(しゅけいげつ)の身体が入れ替わることから始まる後宮ファンタジー。華やかな衣や美しい世界観の奥で描かれるのは、自分自身と向き合うこと、そして相手の立場に触れて初めて見えてくる本音や痛みだ。今回、玲琳役の石見舞菜香と慧月役の川井田夏海にインタビュー。作品に触れた第一印象から、正反対に見える玲琳と慧月の魅力、そして“身体と心”を行き来する入れ替わり演技の難しさまで、じっくりと語ってもらった。
■華やかな後宮の奥にある、人間らしい感情の物語
――原作に触れたときの第一印象からお聞かせください。
石見:中華風の世界観ということもあり、最初は聞き慣れない言葉や設定が多くて、「これはどういう世界なんだろう」と少し身構える部分もありました。きっと最初に触れる方も、同じような印象を持たれるかもしれません。
ただ、実際に物語を読み進めていくと、決して難しい作品ではないんです。むしろ描かれているのは、自分自身とどう向き合うのか、自分が見ている相手の姿と、相手が見ている自分の姿がどう違うのか。そういった、とても人間味のあるテーマで。華やかな世界観の奥に、誰にとっても身近な感情が流れている作品だと感じました。
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だからこそ、一度その世界に入ると、すっと心をつかまれるんです。原作も本当に読みやすくて、気づけば先へ先へとページをめくっていました。キャラクターたちもかわいらしく、世界観も美しいので、目で見ても楽しいですし、それぞれの喜怒哀楽が丁寧に描かれているので、まったく退屈しない。最初に抱いた印象以上に親しみやすくて、物語の面白さをまっすぐ味わえる作品だと思いました。
川井田:私も最初は、後宮ものに対して「少し難しそうだな」という印象がありました。誰がどこの派閥で、誰と誰が対立していて、なぜ仲が悪いのか。さらに雛女たちだけではなく、それぞれに仕える侍女たちの立場や関係性もあるので、きちんと理解できるかなと思っていたんです。
でも、実際に読み始めてみると、その不安はすぐになくなりました。一族ごとに色分けされていることもあって、「この人はこの家の人なんだ」と関係性が自然に入ってくるんです。後宮という複雑な舞台でありながら、キャラクターの立ち位置がとても分かりやすく描かれていて、すっと世界観に入り込むことができました。
それに、女性同士の感情の描き方が本当に絶妙なんです。「分かる、この気持ち」という感覚と、「いや、そこまでいくとやりすぎだよね」という線引きがすごく巧みで。たとえば、誰かを突き落とすようなことはもちろんしないけれど、そうしたくなるほど追い詰められる気持ちは分からなくもない、というような。
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共感できる感情のリアルさと、物語としてのドラマチックさ、読んでいて置いていかれないんです。登場人物たちの感情にちゃんと寄り添いながら、後宮という世界の面白さに自然と引き込まれていく作品だと感じました。
■玲琳と慧月、正反対の二人に宿る“強さ”と“痛み”
――玲琳は「愛される雛女」でありながら、実はどんな困難にも屈しない“鋼のメンタル”の持ち主です。お二人から見た彼女の印象は?
石見:見た目や雰囲気とのギャップがすごくありますよね。境遇としては、常に身体がつらくて、熱もあり、節々も痛い。周りが過保護になってしまうのも当然なくらい、「その状態で動いて大丈夫なの?」と思ってしまうような身体で生きているキャラクターなんです。でも、とにかく心が強いんですよね。
川井田:そのつらい状態で修練をして、「これでまた、より高みに上れますね」と言えるような環境で育ってきているんですよね。だから、弱音を吐かない。本人もそう決めているし、周りもそうさせてきた部分があるのかなと思います。
石見:玲琳にとっては、自分の身体や運命そのものが、本来すごくつらいものだと思うんです。だからこそ、そのつらさに蓋をしているがゆえのタフさや強さなのかなと感じる瞬間があります。死んでしまうことに対しても、どこか覚悟があるというか、覚悟していると思い込んでいるようなところもあって。
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川井田:少し諦めに近いものも、きっとありますよね。だからこそ、入れ替わった時の爆発力がすごいんだと思います。自由に動ける身体を手に入れて、大興奮で大暴れして(笑)。
石見:そうですね。これまで当たり前ではなかったことを、人一倍幸せに感じられる子なんだと思います。普通に動けること、自由に走れること、身体が思い通りになること。そういう一つひとつを、心から喜べるキャラクターなんだなと感じました。
――そんな玲琳と入れ替わる慧月は“悪女”と呼ばれる存在ですが、彼女についてはどのように感じましたか?
川井田:逆に言うと、慧月は“諦めていない人”だと思うんです。自分が負けている、誰かより劣っているという状況をどうしても打破したい。そういう思いがあるからこそ、あれだけ大胆なこともできてしまうのだと思います。
ある程度の生活は保証されているので、「もういいや」と諦めていたら、きっとあんな行動は取らないはずなんです。でも、「あの人にだけは負けたくない」という気持ちがある。だからこそ入れ替わりという、自分の身体を差し出すことにもつながるような大きな行動に出られたのかなと。そういう意味では、すごく力強い女性だと思います。
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ただ、その力の使い方がうまくないんですよね。本来持っているポテンシャルはとても高いはずなんです。でも、自己評価が低いから自分の良さにも気づけていない。だから人に利用されてしまうところもある。玲琳と関わる中で、慧月自身が気づいていなかった魅力や強さを見つけて、少しずつ自分のことを好きになっていけたらいいなと思いました。
石見:慧月は、いい意味でも悪い意味でも、すごく渇望を抱えている子なんだと思います。常に喉が渇いているような状態というか。最低限の水はあるはずなのに、「もっと飲まないと死んでしまう」と思っているような、どこか切実な危機感を抱えている印象があります。
でも、その欲求の発散の仕方や、人との向き合い方がとても不器用なんですよね。それはきっと、慧月が育ってきた環境や、これまで向けられてきた言葉、家族との関係が大きく影響しているのだと思います。自分の中にある感情をどう扱えばいいのか分からない。誰かにどう伝えればいいのかも分からない。相手を貶めることでしか、自分が今の場所から救われる方法を知らなかったのかもしれません。
だからこそ、玲琳からまっすぐな言葉を投げかけられたときに、はっとする瞬間があるんです。慧月の中にも、ちゃんと言葉は届いている。歪んでしまった部分はあっても、根っこの部分にはピュアさが残っているキャラクターなのだと思います。
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■声だけではない、“身体と心”で演じる入れ替わりの難しさ
――入れ替わりものは、演じる側にとっても“二重の役作り”が求められる作品だと思いますが、収録も大変なのでは?
川井田:本当に大変ですね。毎週収録でお会いするたびに、「これ、合ってる?」「今どっちだっけ?」と確認しながら、私たち自身もずっと玲琳と慧月を追いかけていました。
石見:完成した映像を見て、初めて「あのディレクションはこういうことだったんだ」と腑に落ちる部分もあったり。アフレコブースで聞いている音と、マイクを通してスタッフブースで聞こえる音では、印象がかなり違うみたいなんです。キャストの中に一度スタッフブースへ聞きに行ってくださった方がいたのですが、アフレコブースで聞いていると、声が入れ替わったときに「どちらが話しているのか」が分かりやすい。でも、マイクを通すとそっくりに聞こえるらしくて。
川井田:私たち、声のトーン自体は全然違うのに、不思議ですよね。第1話の最初のテストでは、私も石見さんが演じる玲琳にかなり寄せていたんです。最初は、ほぼ同じ音色くらいに近づけた方がいいのかなと思っていて。
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でも、そこで「分けましょう」というディレクションをいただきました。身体は慧月だけれど心は玲琳、という状態のモノローグを石見さんが担当される場面もあるので、元の声まで似てしまうと、かえって見ている方が混乱してしまう。だから、入れ替わっていることは感じさせつつも、誰の身体で、誰の心なのかがきちんと伝わるように、あえて声の方向性を分けていくことになりました。
石見:声そのものだけではなく、身体の状態や感情の出し方もすごく意識しました。同じ玲琳でも、私が演じる玲琳は身体が弱い状態なので、線の細さや、常にどこか苦しさを抱えている感じを大切にしていました。
一方で、川井田さんが演じる“慧月の身体に入った玲琳”は、身体が元気で、声のトーンも少し低め。その低さを保ったまま、玲琳らしい感情をどう表現するかが大事になってくるんです。身体の丈夫さや、筋肉がある感じも含めて、玲琳の心とのバランスを取る必要がありました。
逆に、“玲琳の身体に入った慧月”は、感情としてはすごくパワフルなんです。憎しみや怒りを強くぶつけるキャラクターだけれど、身体は熱があって苦しいまま。だから、感情は激しくても、声や存在感には線の細さがある。そのギャップをどう出すかは、とても難しくもあり、面白いところでした。
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川井田:その塩梅を探る作業は本当に難しかったです。でも、ただ声を似せるのではなく、身体と心の組み合わせでキャラクターを立ち上げていく感覚があって、すごく面白い収録でした。
■人から受けた優しさが、誰かを思いやる力になる
――玲琳と慧月は、ある意味で“相手の人生を生きる”ことで初めて見えてくるものがあります。お二人ご自身も「相手の立場になって考えること」の大切さを感じた経験はありますか?
石見:新人の頃、現場でのことやお芝居の悩みを先輩に相談したことがあったんです。その時に、「自分にもそう思う時期があったよ」とか、「その悩みは間違っていないよ」と受け止めてくださって。それがすごく心強かったんです。
同じ役者の道を進んでいるからこそ、悩むポイントが重なることもあるんですよね。尊敬している先輩でも一度は同じ道を通っていたんだと思うと、自分の悩みも否定しなくていいんだと感じられましたし、すごく寄り添ってもらえた感覚がありました。
だから、私も後輩から相談を受けた時には、まず共感することを大切にしています。「分かるよ」「私もあったよ」と伝えるだけで、少し安心できることがあると思うんです。実際、自分自身も本当に同じことで悩んできたので。あの時に先輩からいただいた気遣いや優しさを、今度は自分も返していけたらいいなと思っています。
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川井田:私は、昔していたアルバイトでの様々な経験から、より店員さんの気持ちを考えるようになりました。たとえば、お客さんから「ありがとう」と言ってもらえるだけで、すごくうれしいんですよね。「美味しかったです」と言っていただけると、私が作ったわけではないんですけど(笑)、それでもこんなにうれしいんだと思って。
だから、自分がお店に行った時も、なるべく「ありがとうございます」とか「美味しかったです」と伝えるようになりました。自分がされてうれしかったことは、自然と返したくなるんですよね。
石見:そうやって人は優しくなっていくんですね。
川井田:人から受けた優しさでね。悪女の慧月も、これからきっと優しくなれるはずです(笑)。
石見:玲琳の優しさに触れて(笑)。
――最後に、本作をこれからご覧になる方に向けてメッセージをお願いします。
石見:原作ファンの方には、アニメならではの色や音楽、キャラクターの動きを楽しみにしていただきたいです。アニメから入る方は、最初は設定や名前に少し難しさを感じるかもしれませんが、描かれているのは人と人との関係や、自分自身と向き合うこと。とても人間らしく、入り込める物語です。入れ替わり劇の面白さはもちろん、キャラクターたちの心の動きにも注目していただけたらうれしいです。
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川井田:女性の美しさも、弱さも、きれいな部分も、醜い部分も、ここまで艶やかに描いている作品にはなかなか出会えないと思います。そんな作品を演じ表現できることは、役者冥利に尽きますし、このタイミングで任せていただけたこと、そしてそれを石見さんと一緒に臨めたことを本当にうれしく感じています。美しい衣の下に隠れた、人間の本音や感情にもぜひ注目して楽しんでいただきたいです。
(取材・文・写真:吉野庫之介)
テレビアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』は、7月12日よりテレ東系列にて毎週日曜23時45分から放送。
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