映画『ヒンド・ラジャブの声』より、ミュージシャン・春ねむりがナレーションを担当した日本版予告編が解禁。あわせて、いとうせいこう、小川彩佳、松尾貴史ら各界の25名から連帯のコメントも到着した。 本作は、世界が傍観した悲劇の実話を基に描く、魂が震える実録ドラマ。第82回ヴェネチア国際映画祭にて銀獅子賞(審査員大賞・グランプリ)受賞を含む驚異の8冠を達成し、第98回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートを果たした。
このたび、観る者の心を強く揺さぶる日本版予告編が完成した。
2024年1月29日、人道支援組織・パレスチナ赤新月社のボランティアオペレーターが1本の緊急通報を受ける。電話の声は幼い少女で、「あたしをうってる」と助けを求めてきた。その電話はイスラエル軍による攻撃下にあるガザ地区からで、年齢は6歳、名前はヒンド・ラジャブといった。
電話の向こうからは銃撃音も聞き取れ、スタッフたちは至急、救急隊の派遣を要請。しかし、ガザ地区では安全なルートを確保しなければ、救急車ですら攻撃されてしまうのだ。最寄りの救急車は、ヒンドがいる場所からわずか8分のところにいるにもかかわらず…。
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スタッフ同士に不協和音まで生まれる中、ヒンドに語りかけ続けるスタッフたちは電話を代わりながら、なんとか希望を失わせまいとあらゆる手を尽くす。しかし、事態は彼らの想像をはるかに超え、誰もが冷静さを保ち続けることが困難になっていく――。
この映像で電話から聞こえてくるヒンドの声は、赤新月社に保管されていた実際の音声だ。ヒンド救出のために奮闘する赤新月社スタッフたちには、エキストラも含めてパレスチナ人俳優を起用し、極限までリアリティーを追求した物語を構築。社会派映画の枠にとどまらない、観る者を強く揺さぶる傑作の一端を感じられる映像となっている。
予告編のナレーションを担当したのは、ミュージシャンの春ねむり。全楽曲の作詞・作曲・編曲を自ら手がけ、世界各地で100公演超の海外ツアーを敢行。2023年12月には、イスラエル軍によるガザ地区への攻撃などに抗議する意志を込めた「watermelon (demo)」を発表するなど、精力的に活動している。2025年には表現の追求を掲げて自主レーベルを設立し、最新作『ekkolaptomenos』を発表した。
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そんな春は、本作に「その声は記録となり、何度でも甦る。しかしそのひとはもう戻らない。引き裂かれながら応答せよ。あなたがまだ生きているのなら」と、観る者に強く呼びかけるコメントを寄せている。
予告編ナレーションを担当した春以外にも、いとうせいこう(作家・クリエーター)、小川彩佳(キャスター)、松尾貴史(俳優)、古舘寛治(俳優・監督)、安田菜津紀(メディアNPO Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)、小島秀夫(ゲームクリエイター)、サヘル・ローズ(表現者)、折坂悠太(シンガーソングライター)、宇多丸(RHYMESTER)ら各界25名からコメントが到着。それぞれがまっすぐな言葉で、映画やヒンド・ラジャブへの思いをつづっている。
また、本作で監督・脚本を務めたチュニジア出身の気鋭監督カウテール・ベン・ハニアが、8月中旬に来日。日本滞在中の8月18日には、新宿武蔵野館で監督登壇付き先行上映会を行う。チケットは現在発売中だ。
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映画『ヒンド・ラジャブの声』は、9月4日より全国公開。
※各界25名のコメント全文は以下の通り。
<コメント全文>
■いとうせいこう(作家・クリエーター)
心拍が上がり続ける大事な作品だった。たくさんの人に観て欲しいと思います。
■小川彩佳(キャスター)
批判も覚悟の上、映画が響かせた「助けて」の肉声。一人の少女を記憶に刻むとともに、記録に残らない、救えたかもしれない無数の命を思わずにはいられない。
■松尾貴史(俳優)
「平和のための軍拡だ」、「抑止力である」などという死の商人たちの言葉に騙されているすべての人に見てほしい。彼らが信奉する愚策の『成果』を、ここにある現実で確かめるべきだろう。
あらゆる立場の人が見るべき。
■古舘寛治(俳優・監督)
これは我々の考える映画ではない。映画という枠を超えている。これは我々が必ず見なければならない作品だと思う。それがこんな不条理を許している我々同時代人の最低限の責務だと思う。
■安田菜津紀(メディアNPO Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)
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ジェノサイドの暴力は虐殺だけではない。
不条理な壁を何重にも立ちはだからせ、人命を「救えなかった」無力感と罪悪感まで生き残った人々に深く刻み込む。
この映画を観て、「殺すな」と叫ぶだけでは不十分だ。
イスラエルによる占領を可能にしているのは、私たち「世界」なのだから。
■小島秀夫(ゲームクリエイター)
ネットニュースを巡回していた人なら、“結末”を知っているかもしれない。
それでも観て欲しい。助けを求め続ける6才の少女。彼女を助けようと必死に奮闘する大人たち。救急車で僅か8分の距離。ところが、救助活動の許可が下りない。立ちはだかるもの、そこは“戦場”だからだ。
焦燥。苛立ち。怒り。絶望。この世界は、狂っている。しかし、これは現実なのだ。
だからこそ、“彼女(ヒンド)”の銃声混じりの叫びを、世界中の人たちに聴いて欲しい。
■サヘル・ローズ(表現者)
覚悟をして、この作品を観てください。
目を逸らさず、
耳を塞がずに。
あなたは、その声を最後まで聞くことができるだろうか。
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ヒンドは、歴史の中の名前ではありません。
本来なら今日も生きて、
笑い、
誰かに愛され、
未来を夢見ていたはずの少女。
助けを求めるその声を、世界は聞いていました。
それでも、その命を救うことはできなかった。
戦争が奪うのは命だけではありません。
未来であり、希望であり、誰かと過ごすはずだった時間です。
観終えた後、アナタはきっと問い続ける。
『あの日、沈黙したのは誰だったのか』
そして、その問いは決して過去だけに向けられたものではない。
■折坂悠太(シンガーソングライター)
忘れないようにする。今日もまっくらの中で、
まだ残ってる光を探して、誰かが心を削ってる。
迎えに行かなければ。はやく、はやく。
きっと今、この瞬間も、通話は切れていない。
■宇多丸(RHYMESTER)
そもそも「ただ見守るしかない」のが、映画だ。
ゆえに強く「いても立ってもいられない」感情を喚起する……その力を最大化して、無情な現実に抗っているのが、本作なのだ。
■古澤裕介(俳優)
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その「声」は監督の心を揺らがせ、カメラを終始迷わせた。俳優は「声」を前に立ち尽くすのみで、映画は常に成す術もない。観た者の「ざわめき」により、この作品は動き出す。手を差し伸べて。たとえ届かなくても。
■大島新(ドキュメンタリー監督)
フィクションか、ドキュメンタリーか、なんてどうでもいい。
“映画監督ができうる最高の仕事”に震えた。
■呉美保(映画監督)
たまたまだが、次男が6歳になった日に、この映画を観た。
銃撃を受けながらも必死に命を乞う6歳の少女、ヒンド・ラジャブ。その肉声が到底他人事とは思えず、涙と鼻水を垂れ流しながら、祈り続けた。
映画が映画を超える瞬間が、ここにある。
彼女の声を、私は一生忘れない。
■新井英樹(漫画家)
救おうとするから苦しむ。
見なければ聞かなければ「人間」じゃなくなる。
『ヒンド・ラジャブの声』は強烈極まりない。
見捨てる度胸もない偽善者の心をも打ち砕く!
■武田一義(漫画家『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』)
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助けを求める6歳の少女の実際の電話音声を聞く冒頭から、舞台である緊急センタースタッフとともに息が詰まる時間をラストまで過ごした。 現実に今起きていること、戦地における人道支援の難しさ、目をそらせない。
■春ねむり(ミュージシャン)
その声は記録となり、何度でも甦る。しかしそのひとはもう戻らない。
引き裂かれながら応答せよ。あなたがまだ生きているのなら。
■eri(デザイナー・アクティビスト)
ヒンド。海が大好きな6歳の女の子。助けを求める彼女の声を聞いて、ガザで奪われた命の数をもう一度確かめる。
私もあなたも、もうそれをただの数字として見られなくなっている。
■ダースレイダー(ラッパー)
目を背けたくなる、耳を塞ぎたくなる。
だからこそ最後まで見届けなければいけない。ヒンドの声を聴かなければいけない。
画面に映る赤新月社の一人一人の勇気と苦しみ、そして画面に映らないイスラエル軍の残虐さに対して人間として僕らは向き合っていくしかない。
■七尾旅人(シンガーソングライター)
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『ミスト』というホラー映画をご存知だろうか。本来であれば助かるはずの善良な人々が非業の運命に晒され、史上最も胸糞悪い結末を迎える物語のひとつとして語り草になっているが、イスラエルが狙う土地ではこれが常態化しており、我々はもうホラー映画で驚くことが出来なくなってしまった。
二重三重の障壁に阻まれ続ける救助ミッションの実態。助けを求めるパレスチナ少女たちの切実な肉声を私たちの元まで運び抜いてくれた制作チームに心からの敬意を表したい。
■中川敬(ミュージシャン/ソウル・フラワー・ユニオン)
本作は、ガザで落命した、数多の子どもたちの「声」を甦らせた。
そして、ヒンドの声は、ジェノサイドを止めようとしない世界中の大人たちの「沈黙」を容赦なく射抜き、宙空に飛散しながら、我々の目前で響き続けるのだ。
Free Palestine! Stop the Genocide!
■奇妙礼太郎(ミュージシャン)
言葉が浮かばない
どこへなにを向ければいいのか
なにひとつわからない
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自分が自分でいることも
なにもなくなってしまう
■竹田ダニエル(ジャーナリスト)
「自分とは関係ない」と思っている人にこそ、観てほしい。
いかに侵略、紛争、戦争が理不尽に人の命を奪うか
罪のない子供の悲痛な叫びを、絶対に風化させない、強く重く意味を持つ作品。
映画は、確実に「政治的」である。
■ISO(ライター)
一度は世界に見過ごされた少女の声を、この映画は再び掬い上げる。同時に、自由も権利も命さえも容易く奪われる理不尽の中で、怒りと無力感に魂を擦り減らしながら、それでも救護を続ける人々にも光を当てていく。作中で人々がSNSを通して世界に訴えようとするように、私たちの関心は彼らにとって武器となる。形だけの停戦の下でなお命が奪われ続ける今、彼らの闘いを孤立させないこと。この映画は、そのための一歩だ。
■樋口毅宏(小説家)
『SIRATシラート』の次はこれだ!
ここまで観客を発狂寸前のギリギリまで追いつめる映画があっただろうか。ずっと目を逸らし続けてきたものを眼前に突き付けられて、私たちは身動ぎもできなくなる。
イスラエルは今この瞬間も“アンネ・フランク”を量産し続けている。償うものが多すぎる。
■須賀川拓(戦場記者)
「となりでねんねしてる」家族の遺体に囲まれ、助けを求め続けた6歳の少女の肉声。聞くことすら辛い。でも、聞いて欲しい。忘れないために。そして、人間であり続けるために。
■想田和弘(映画作家)
起きていることがあまりに過酷で理不尽で、平静には観ていられなかった。でもこれが毎日なんだよな、ガザでは。信じたくない現実だが、ヒンドの純粋無垢な声が「本当に起きていることです」と繰り返し告げてくる。
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